ドナート・ブラマンテ

最盛期ルネサンスの建築を支えたブラマンテ

ブラマンテはウルビーノ(イタリアの中部)出身で、ラファエロと同郷。先輩後輩コンビで協力しあい、最盛期ルネサンスを盛り上げていった。

 

ウルビーノは透視図法を好む風潮があり、ブラマンテはこれを建築に取り込んだ。ラファエロもまた絵画に採用していたため、地元を愛する意識が強かったと言えるだろう。

 

彼は後にラファエロと手を組み、ミケランジェロと敵対していた。

 

ブラマンテははじめは画家として活躍していたが、ミラノに移ってからは建築の設計に傾倒。サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ聖堂の後陣を担当した。なお、レオナルド・ダ・ヴィンチがその食堂に「最後の晩餐」を描いたことは有名である。

 

集中式円蓋建築を実現

 

彼はローマに居を移してから、ウルビーノとミラノで培った経験をいかしてブルネレスキが夢見た集中式円蓋建築を乗せた建築を設計。これがテンピエットとよばれる建築で、最盛期ルネサンス建築の最初期の作品として有名だ。

 

完全な円形堂のブラマンテ建築は、ラファエロの「マリアの結婚」にも描かれている。

 

なお、サン・ピエトロ大聖堂の改築を指令されているが、未完に終わっている。

 

代表作:テンピエット

 

 

全体に円蓋を関している完全な集中式建築。最盛期ルネサンスを象徴するような建築だ。ブラマンテはミラノに移ったとき、レオナルドと同僚となったことがある。レオナルドはそのころ円形堂の建築をスケッチしており、ブラマンテが刺激を受けたと考えられている。